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父のこと [家族]

もうすぐ父の命日です

2013年12月14日、癌を克服できず…数年の闘病ののち息を引き取りました

今日はちょっと父のことを書こうかなと思います



小さい頃は父のことが怖かった

しつけが厳しく口数が少なく好きなTV番組もあまりみせてもらえなかった

10歳でわたしが病気になり 自宅から車で1時間ほどかかる病院へ入院した

なかなか病名がわからず 適切な治療ができず 両親が交代で付き添いに来てくれた

父が付き添ってくれていたとき

毎晩熱が出て体じゅうが痛くなるわたしの腕を、

あの父が心配そうに「大丈夫か」と言いながらずっとさすっていてくれた

なんとなく遠い存在に感じていた父を とても近くに感じた


そこからさらに遠い病院に転院し(その病院には養護学校が併設されていたので)

4年と少しをそこで過ごした

お花.jpg

病院での生活は、友達もいてそれなりに楽しかったけど やっぱり家が恋しかった

盆や正月には長期外泊許可をもらい1週間ほど家に帰ると

病院に戻るのが嫌で嫌でしょうがなかった

「退院」はわたしの悲願となった

そして中学卒業と同時に退院 夢にまでみた自宅での家族との生活

だけどもう家庭は崩壊しつつあった

両親が離婚寸前だったのだ

あんなに夢見た家族との生活だったけど、高校時代は家に帰るのが嫌だった

いちど父に泣きながら言ったことがある 「そんなに嫌なら離婚しちゃえばいいじゃん!!」

父は悲しそうな顔でわたしの名前を呟いた


わたしが大学に進学したと同時に両親は離婚した

もう18だったけど、やっぱり悲しかった

両親が離婚した後も わたしは何度か父とぶつかった

なんのことで揉めたのか忘れたけど父からの手紙がある

「またお前を悲しませてしまったな 悪いお父さんです ごめんな」という内容の短い手紙

灯籠.jpg

後悔してることがひとつだけある

父が癌になり抗がん剤投与の治療をしていた頃

抗がん剤を投与するのに2週間とか3週間とか、入院してた

わたしは実家に帰っていて そのまま新潟市の自宅に戻ろうという日

父が私の車で病院まで送ってほしいと言った

だけど「やっぱり送らなくていい」となり 

わたしが実家を出る直前にまた「やっぱり送ってくれ」となった

わたしはイライラしてしまって、乱暴な運転で父を病院まで送った

このことだけは心の底から後悔している

どうしてもっと優しくしてあげられなかったのか…



いろいろあったけど両親は行き来だけはするようになり

病気になった父を最後まで支えたのは母だった

桜のじゅうたん.jpg

上の写真は2012年5月 父、母、夫、わたし 4人でお花見に行った

お弁当持って 桜は全部散ってた

父は闘病中だったのに 山に分け入っていなくなりわたしたちを慌てさせた


父、母、わたしの3人で温泉に行ったこともある

これが最後のお出かけ

父が男湯から出てこなくて 母と二人心配で心配で、男湯から出てくるおじさんに

「中で具合悪くなってる人いませんでした?」なんて聞いたりした

何のことはない 

父はお風呂から出た後、足つぼマッサージをしていたらしい…(あの、足で踏むやつ)

その日の父はとても嬉しそうで 大好きなお酒をけっこう飲んだ


父の最後のメール

2013年8月6日

暑くなりました。体調はどうですか

他でもないですがミシンいくらやっても分かりません

お母さんも忘れてしまって問題になりません

こんど来たら教えてください お盆待ってます。(Vサイン)

 

この1週間後のお盆には、東京から父の兄妹、わたしの従妹たち、母、弟 みんな集まって

ワイワイ過ごした 夜は花火もした

線香花火.jpg

父はみんなが花火をしてるのを少し離れて眺めていた 嬉しそうに。

最後に、一緒に線香花火だけした 「お父さん、これが一番好きだな」って言ってた


それから4か月後、父は旅立った


最近、ものすごく父に会いたくなることがある

もっともっと話をすればよかったと思う

メールを送ってみた 当然、宛先不明で戻ってきた

タグ:父の命日
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テオ

思い出すとき お父様はミケシマさんに寄り添って下さっています 良い思い出がたくさん残っているのは ミケシマさんとご家族がはぐくまれた 慈愛の証し ですね
by テオ (2017-12-05 16:41) 

SORI

ミケシマさん こんにちは
闘病や離婚など沢山の経験の中でのお父様の思い出の深さが伝わってきました。

by SORI (2017-12-05 17:01) 

チャー

亡くなって始めて後悔することや 感謝することが沢山ありますね
私の父も 2011年 11月11日に亡くなりました
肺がんでした 闘病生活は殆どなく あっという間の出来事でした
昔のお父さんって どこか頑固で厳しいですね 一歩も二歩も 引いてしまうこともありました
でも 父親にとって 私達は血の繋がった子供なんですよね 何も言わなくても 親は 子供の心を分かっていると思います
今 私が 子供に思う気持ちと同じだと今更ながら感じます
今 こうして ミケシマさんが 父親を思い出し 宛名のないメールを送ってしまっても 宛先が無いわけではありません 心と心の通信は ちゃんと出来ているはずです
お気持ちが 凄く伝わるお話でした
私も父のことを思い出しました
ありがとうございます

父が亡くなったのは 1 並び
母は お父さんは 私が 日にちを忘れないように この日に逝ったんだねー
私へのプレゼントとだわ!と、言っていました
by チャー (2017-12-05 20:11) 

ふたごパンダ

ミケシマさんのお父様はミケシマさんを
心から愛していらっしゃった様子が
伝わってきました。
ミケシマさんもお父様を愛していらっしゃって
だからこそ後悔されているのですね。

うちの父と母も何回か離婚しそうになりましたし
いつでも離婚してくれと思ったこともありましたが
やっぱり離婚はしてほしくないというのが
いくつになっても子供の気持ちですね。

ちゃんとお父様に気持ちは伝わっていると思います。
天国から優しいほほえみで見守ってくれていますよ。

by ふたごパンダ (2017-12-05 20:48) 

管理人

俺も娘達から離婚してって言われた事があるよ。
言われた方がうろたえるのさ。
とどのつまり私は離婚せず、成人したの娘たちは出て行って二度と戻らない・・・
でもね、それで良かったと思っているよ。
人生いろいろ・・・・ですよね!
by 管理人 (2017-12-05 20:50) 

(。・_・。)2k

19日が長男 22日が俺 23日が親父の誕生日で
27日が親父の命日です 今年で丸8年かな年明けには
家族が出て行って丸8年経ちます
聞きたいことがいっぱいありました
なんで 西村峯子の写真集がタンスの中にあったのか?とか
なんで 親父の付き合う彼女達はブスばっかりだったのか?とか
父方 母方の爺さん婆さんのこと 田舎との付き合いのこと
持ってた土地の事 あげたらキリが無いです
家族が出て行ったこともあり なにも分からないまま8年が過ぎました
勝手な親父だと思ってたけど 俺の方がどうやら上のようだと
最近になって思い知りました
このままいくと孤独死になるんだと思ってますが
それもしてきた事のせいなので仕方ないんでしょうねぇ
そう考えると 親父は家族に見守られだったので幸せだったろうなぁ


by (。・_・。)2k (2017-12-05 21:17) 

yes_hama

闘病生活や離婚騒動、大変だったのですね。。。
でも口数少なくて厳格に見えたお父さんだからこそ
言い残したことや言いたかったことはたくさんお有りだと思います。
私の父も癌でこの世を去りましたがメールのやり取りはしていないので
Vサインのメールがすごくいいなあと思いました。
by yes_hama (2017-12-05 21:33) 

dolphy

婆さん(母)が死んで6年かな
会いたかったり 寂しいときは 車の中で叫んでるよ かあさん!!

お父さんに会いたくなったら やってみるといいよ 大声でね
あ 一人で運転する時だよ
by dolphy (2017-12-05 23:00) 

いっぷく

こうやって記事にできるということはいい親子関係ということですからよかったですね。
私は43回忌すぎましたが、小さい時に父親を亡くした喪失感と、父自身はあまりいい父親ではなかったという思いが複雑に絡み、なかなか心の中の総括をできなかったのです。
で、あることでまた亡父が憎らしくなり(笑)、位牌をお焚きあげして決別することにしたのですが、でも、昔の写真は結局処分できず、結局複雑な気持ちのままです。
なかなか親子というのは、分かちがたい不思議で複雑な縁なんですね。
by いっぷく (2017-12-05 23:35) 

よいこ

ミケシマさんの闘病生活はこんなに大変だったのかと初めて知りました。多感な頃に、原因がわからず親元を離れての入院は、どれほどこころぼそかったことか・・・
私の父は存命ですが、本当に難しい
子供の頃は、すぐ切れる父に、なぜか理由がわからず 振り回され
でも、彼も年をとったのだから、死んでから後悔しない様にとやさしく接していますが、実家に行くたび 心の中に澱が貯まります
それでも、ツライがあったから、嬉しいも美しいも心に浸みるもの。
複雑な人生だからこそ、ミケシマさんの作る花は美しいのだと思います
by よいこ (2017-12-05 23:43) 

yamatonosuke

線香花火をするとお父さんを想い出しますね。
悲しい想い出、嬉しい想い出。
そんなお父さんも空からいつも見てくれていることでしょう。
私も後悔しないように人と接していきたいと思います。
by yamatonosuke (2017-12-06 01:39) 

そらまめ

読みながら胸がキューっとなりました。
うちはみんな元気でいるのでこういう経験はまだないのですが
近い将来、経験するんだと思うと
その時が怖いですね・・・
後悔しないようにしなければだめですね。
貴重なお話、ありがとうございました。

by そらまめ (2017-12-06 09:46) 

mayu

読んでいて泣けてきました。
いろいろな家族があり、いろいろな人生があり、
外からではうかがい知れないドラマが
ちりばめられている.......
切ないですね(-_-)
by mayu (2017-12-06 10:27) 

みうさぎ

うーんわかる
もっと優しく接しておけばよかった
もう逢えない現実がある。
えさこの父も学校に行ってる間に入院して見舞いも出来ず10歳だったから
冷たくなって帰って来た。
最後に交わした言葉すら覚えてないよ
後悔後悔が人生かもしれない
メールの返信返って来たら怖いけど
それでも欲しくなるねっ



by みうさぎ (2017-12-06 12:21) 

ぼんさん

人生、色々な事がありますね。
私も後悔しないように年老いた親に優しく接するように努力はしています。。。
by ぼんさん (2017-12-06 12:29) 

ぼんぼちぼちぼち

記事読ませていただいて涙ぐんでしまいやした。
病気や離婚や、家族っていろいろありやすね。
お父様に合掌でやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2017-12-06 14:35) 

palpal

思い出すことが一番の供養と聞いたことがあり、その通りだと思います。こうやってお父様のことを思い出してることできっと喜んでいてくれると思いますよ(^.^)
by palpal (2017-12-06 14:49) 

Ginger

お父様の闘病もお辛かったと思いますが、家族との想い出をつくる時間があってよかったですね。。。
親と言っても完璧な大人じゃないから、お父様とお母様の間でいろんなことがあったのでしょうね。でも、ミケシマさんを愛していることは同じ。
少し前のブログに、お母様に想いをぶつけた時、受け入れ、謝ってくれたと書かれていましたが、お父様も、ごめんね、って思われていたんですね。。。優しいご両親に愛されて幸せだと思います。それを生涯感じられない人もたくさん、いるから。お父様の想い出、ずっと大事にしてください。
by Ginger (2017-12-06 15:16) 

マーヤ

私も父を病気で亡くしているので
お気持ちがわかる気がして涙が出そうになりました。
あの時、ああすればよかったとか
ああ言えば良かったとか、思いは尽きません。
もう亡くなって15年たつのですが、
段々と
手を合わせる時には後悔の気持ちより、
あの時ああしてくれてありがとうねなど感謝をするように
なりました。
でも、同じ様に、今の自分で父にもう一度会いたいと
思う事もあります。
ミケシマさんの大切な思い出のお話、聞かせていただいて
良かったです^^
by マーヤ (2017-12-07 00:55) 

tommy88

昨日、nice ボタンを押しました。 押してから、何となく、いいのかなと思ったりもしました。 消すのは辞めてそのままにして、忘れて、きょう書き込むことにしました。

家庭内、家族内での憎悪、難しいですね。 私はDVで育てられ、憎悪の塊でしたが、それを反面教師に私は子育てをしました。 お陰様で非常に親孝行な娘たちに育ちました。 自分がされて嫌だったことは絶対にしない。 自分がしてもらいたかったことを集中的にやる。 そんな簡単なことで、子どもが優秀に育つんだと。 それを思うと、私の憎悪の対象だった父は、感謝の相手になる。 物事は、いま分からなかったことが、時間が過ぎて分かることもある。 そんなふうに、年をとりました。

後悔先に立たず、だから今を生きる。 そして親となり、子育て以外に興味なし。 親になって、四六時中「子どものこと」しか頭にはありません。 今は巣立ちを急がせ、子離れを急ぎたいところです。 そしてね、思うのです。 子どもがしっかり育てば、親はいつだって、未練なく逝けるのだと。 ミケシマさんがしっかり育ったなら、後悔する必要はないと思います。 親って、そういうもんじゃないのかな。 偉そうなことを書きました。 読書、はかどってますか?

by tommy88 (2017-12-07 06:24) 

ミケシマ

>テオさん
ありがとうございます
父が寄り添ってくれている…そんなふうに思ったら、
からだがほわっと温かくなりました
思い出すのは 自分が父にとった冷たい態度や困らせるような言葉
それと、楽しい思い出です 
こういう思い出が残っているのは、とても嬉しいことですね

>SORIさん
父と娘というのは、なんだか特別ですね
父はわたしにとって 無条件に愛してくれる、甘やかしてくれる存在でした
小さい頃はそんなふうには思えなかったけど…
もっとたくさん親孝行したかった とか、後悔することもあるけど
父に愛されたことだけは紛れもない事実で、
そういうふうに愛情を注いでくれたことに感謝して過ごしていきます
by ミケシマ (2017-12-07 13:24) 

きーちゃん2

記事読んでて大変なコトになりました。この歳になるとなんだか(ToT)涙もろくなって、「もぉ~、コメ書くゆとりぐらい与えてよ!」ってカンジでした。大変な経験をなさっておられるんですね。ご自身の闘病生活にご両親の離婚にお父様の病死。ミケシマさんの受けた心の傷を思うと胸が痛みます。でもそういった経験をお持ちだからこそ、ミケシマさんの記事やコメの文面からは人に対する優しさや思いやりの滲み出るものとなっているのだと感じています。
by きーちゃん2 (2017-12-08 09:45) 

ニッキー

居なくなって後悔するってありますよね。
私の父は突然だったので何が何だかで後悔しまくりでした。
自分の仕事が忙しく2ヶ月ほど会ってなかったのですが、
かみさん経由で母から訃報連絡があって・・・
甘えてばかりで何も返せなかったです。。。
お父様との楽しい思い出をたっくさん思い出して
笑顔でいるのがきっとお父様にとっても一番嬉しいことだと思います。

by ニッキー (2017-12-08 13:19) 

ゆきち

家族の数だけ事情がある、居住まいを正して読ませていただきました。お父様、ミケシマさんがこんなに優しい素敵な女性でいらっしゃることを心から喜んでいらっしゃると思いますよ。
父は私が小学生のころから長く心を病み、晩年は難病も患って自宅で寝たきりのまま逝きました。
その間あまりにいろいろな事がありすぎました。
いつか・・・私もミケシマさんのように父にメールを送ろうと思えるようになりたいと切に願います。

by ゆきち (2017-12-08 19:36) 

のらん

家族って、ほんとに近しいようで、どこか遠くて・・・
いっしょに過ごした、とても長い時間の中で、さまざまに揺れているのですよね。
ミケシマさんの、とても深いお父さまへの想いに泣けてきます。
私の父も、2013年の5月に亡くなりました。
幼い頃は、とても父が好きだったのに、中学生の反抗期の頃から、無性に父親に反発してしまった。
なんだか、そんなアレコレを思い出しました。。

by のらん (2017-12-09 12:49) 

yoriko

昭和生まれの男性、特に父親は家族に不器用ですね
心の中で思っている事を素直に表現出来ず誤解を招く事もありますが
ミケシマさんのお父さまはきちんと気持を伝えられる勇気ある素敵な
お父さまでしたね。
我が家も父親は8年前に癌で亡くなり私が社会人になった頃、両親は離婚していました。父とは色々ありましたがお互いの人生が充実していればそれで由としました。
ただ時々思う事は父は私たちを捨てて自分の思いを遂げたけどそれで後悔は無かったのか幸せだったのかと。


by yoriko (2017-12-09 19:36) 

ムサシママ

まるで小説を読んでいるようでした
お父様に対する思いが募ってきますね
私も昨年3月15日に父を亡くしました
3か月後に母も亡くしました
最近になって一段と寂しさを含んだ色々な思いが胸に込み上げてきます
でも、両親は心の中に生きていると思っています
いつまでも私たちを見守ってくれていると信じています

by ムサシママ (2017-12-10 14:46) 

ミケシマ

>チャーさん
そうですか、チャーさんのお父様もがんで…
うちは4年ほど治療をしました。
一度は良くなったかなと思いましたが急に下降を始め、
最後は痛み止めの麻酔のために眠ったままの状態になりました
それも可哀想でした…
このまま、何が何でも死なないように生かし続けることも可能だとは言われましたが
それは(意識がないとはいえ)父が辛いだろうし、あとは自然に任せることにしました
幼い頃は厳しい父に畏怖を覚えていましたが、私が大人になるにつれ甘々になって 笑
無条件に愛してくれる、甘やかしてくれる存在というのはとても大切なんですね
亡くなった兄や、父の存在は大きかったと…
いろんなことがあって、父を悲しませることをしたこともありますが
こうしてたまに振り返り、思い出を話すことが一番の供養になるのかなって思います
お墓参りというものも、個人を偲ぶためのものなのかなぁと…
チャーさんのお父様のお話もありがとうございました
1並びの日に… お父様の優しさですね 
「私へのプレゼント」とおっしゃったお母様 お母様も素敵ですね(*^^*)

>ふたごパンダさん
離婚した両親でしたが、わたしの結婚式には二人で出席してくれて
それがとても嬉しかったです
父とバージンロードを歩けたのもかけがえのない思い出です
ふたごパンダさんも辛いことがあったのですね
100人いれば100人それぞれにドラマがありますよね
これからは、もっともっと楽しい思い出が増えますように☆

>管理人さん
管理人さんも言われちゃいましたか 笑
子供は出て行っちゃうものですからね
子供としては夫婦で仲良く過ごしていってほしかったのですが…
うちは後半、父は老いた犬と二人暮らしでした 寂しそうでした
でも父がいなくなって、元々別々に暮らしていたわたしたち家族でしたが
もっともっとバラバラになってしまった気もします
ちょっと困ったちゃんの父でしたが、そんな父が実は家族を繋げていたのかな…
なんて、今なら思います

>素敵なフォトグラファーさま
12月には様々な思いが去来しますね
長男さんの誕生日、うちの弟と一緒だ 笑
息子と父親というのは、娘との関係とは全然違いますよね
父の葬儀のとき わたしは終始号泣でした
弟は淡々としていました
弟が9歳のとき離婚し、両親の間で息子の取り合いのようになり
本人はとても辛い思いをしました
いま彼は結婚し子供も産まれましたが、生前の父とは正反対の生き方をしています
わたしは両親を見ていて結婚に希望が持てず 学生の頃は
40代でバツイチの人とでも結婚できたらいいかな くらいに思ってました
それに対し弟は 結婚して幸せな家庭を築きたい欲求が強かったように思います
孤独だった父ですが、最期は息子と娘に看取られて逝きました
2kさん、なんとか孤独死は回避してください
わたしがまだ生きてたら、ほかのブロガーさんたちと一緒に駆けつけますので
もしものときはご一報くださいね
by ミケシマ (2017-12-10 17:28) 

ミケシマ

>yes_hamaさん
そうかもしれない…
言い残したこと、いっぱいあったかもしれません
普段は寡黙な父でしたがお酒を飲むとよく喋りました
食卓で父が笑ってくれるのが嬉しかったなぁ
父とのメールは数通残しています
メールでの父はお茶目で、よくクスッと笑わされました
絵文字もいっぱい使って可愛いメールをよく寄越しました
もっと話したかったなぁ…

>dolphyさん
車の中で叫ぶのか…
考えたこともなかった!!
いいアイデアですね☆
一人のときでしかも夜間がいいですね 対向車にみられると恥ずかしいから
メールを送るより天まで届くような気がします
今度やってみようかな ちょっと勇気がいるけど…

>いっぷくさん
そうですね、なんだかんだでいい親子関係だったんだと思います
わたしも父のことが好きでしたし。
もちろん嫌いと思うことも多かったですが。
いっぷくさんは幼い頃にお父様を亡くされたのですね
男同士というのは難しいと思います
想像だけど、息子は父親を尊敬したいものだと思いますし…
お写真は処分されないほうがいいのかもしれません
きっと本当の決別はできないと思うから…
親子の関係って複雑ですよね 父が亡くなってから
より父の深い愛情を感じます もしかしたら自分の願望かもしれないけど。

>よいこさん
よいこさんのお気持ちよくわかります
わたしも実家に帰って父の顔を見るのが億劫だなってよく思ってました
それでも優しく接しようと努力しているよいこさん、素晴らしいなって思います
そうそう、辛いことがあったからこそ より楽しいことが輝きますよね
その楽しいことがちょっとでもあれば、幸せだったなって振り返ることができますね

>yamatonosukeさん
そうなんです、
「これ見るとお父さん思い出すわー」っていうもの、けっこうありますね
ミスチルの「タガタメ」っていう曲、カラオケで歌ったら
後から父が「あれいい曲だな」って言って。
この曲聴くとちょっと涙が滲みます
後悔しないように… って心がけること、大切ですね

>そらまめさん
読んでいただきありがとうございました☆
父の命日が近づき、いろんなことがあったなと思って書いてみました
皆さんにこんなふうにコメントをいただいてとても嬉しいです☆
ここには書けないような父を悲しませた行動もまだあります
できれば謝りたかったなとも思うけど やっぱりそれは無理だったかも…
後悔… いっぱいあるなー(^_^;

>mayuさん
みんなみんな、それぞれのドラマがありますよね
今回はわたしの思い出話にお付き合いくださり感謝感謝です☆
父に対してはさまざまな感情を抱きましたが、
やっぱり私は父のことが好きだったんだなぁと思いました
ここに書かせてもらって、
父も父なりにめいっぱいの愛情を注いでくれたんだなぁ…って実感してます
by ミケシマ (2017-12-10 18:24) 

ミケシマ

>うさこさん
そうでしたか… うさこさんは10歳でお父様とお別れしたんですね(;_;)
まだ幼いときに、、寂しかったでしょう
わたしも7歳のときに兄を病気で亡くして
優しくて大好きな兄だったから、それを聞いたときは奈落の底に落とされたようでした
幽霊でもいいからお兄ちゃんに会いたいと思うこともありました…
メール、帰ってきたら怖いけど、ほんとにそれでも返事がほしいかも!
イタコに会いに行くしかないかな。

>ぼんさん
本当に、いろんなことがありますね
親子の関係も百人百様ですね
父だから…と優しくするよう接していましたが、そうできなかったこともあります
なかなか理想通りにはいかないものですね

>ぼんぼちぼちぼちさん
ぼんぼちさんは壮絶でしたものね
みんなそれぞれの思いがありますね
子供のころは近寄りがたい父でしたが、
実は寂しがりやで弱いところもあったんだなって思います
そしてわたしを大切に思ってくれていたことも… 今は感謝感謝です

>palpalさん
そう、思い出して話をする…それが一番の供養だとわたしも思います
自分だったら、忘れ去られるのが一番寂しいなって思うから。
今回ここで父のことを書きみなさんに読んでいただいて、感激至極でございます

>Gingerさん
最後のお盆、みんなに集まってもらって久しぶりに賑やかなお盆を過ごせて
本当に感謝です 父も嬉しそうでわたしも嬉しかった
友人のお父さんも同じ年の春に突然亡くなりました
彼女はお父さんと本当に仲が良くて、彼女の結婚式の2次会で
お父さんからの手紙が読まれたことをよく覚えています
友人に会ったとき突然「お父さんが死んだ」って言われて。
涙一つこぼさずに淡々と語る彼女の心の中が、なんだか私には見えるようでした
わたしが父を亡くした後、少ししてから彼女が家に呼んでくれて
わたしの話を目を潤ませながら聞いてくれました
彼女のお父さんは急に亡くなったんです 
仕事してるときにお姉さんから電話があって、
4月1日だったからエイプリルフールだと思ったって
お別れする時間がなかった彼女はわたしよりもっともっと辛かっただろうなって思います
今回、父のことを書いてみて、そしてGingerさんに母のことでコメントをもらって
うちは一家離散した寂しい家族だなって思っていた考えが違っていたことに気づかされました
父も母も、わたしをとても大切に思っていてくれたと…
それに気づいたことは これから生きていく上でとても大きなことです
ありがとうございます!
by ミケシマ (2017-12-10 22:50) 

morichan

若いころは、親の気持ちがわからなかったです。
でも、自分も年齢を重ね、当時の両親の年齢になると、
あのころの両親の気持ちがわかるような気がします。
親も人間だし、失敗するわな…、と(^^)
つくづく、親ってありがたい、と改めて思う今日この頃です。
by morichan (2017-12-11 16:43) 

ミケシマ

>マーヤさん
マーヤさんはずいぶん前にお父様を亡くされたんですね
後悔が感謝に変わる…
そういう感じ、わかります
わたしはまだ4年しか経ってないけど、父が亡くなってからの方が
愛情を実感することが多いです
「いま、この瞬間に会いたい 話をしたい」っていう思いがこみ上げてくること
ありますよね
そういうふうに思えることが、嬉しいというか 父に感謝したいことだなと思います

>tommy88さん
教育ってなんだろうって 思います
わたしには子どもがいませんが、子どもたちと接する仕事を始めて
「育てる」ということを勉強中です
始めは試行錯誤で、迷惑をかけた子どもたちもいましたが
現在思うのは 「子どもを信じる」ということ。
自分は子どもたちに何かを「教育してやれる」存在ではない
子どもたちは自分で考えて納得して自分で育っていく
わたしはそれをサポートする、見守っていく存在でしかないということです
tommyさんのご息女はよく知らない自分から見てもとても立派に成長されましたね
素直に、ただただすごいなぁって思います

父に対して、いまの自分が胸を張れる自分であるかと言われると…
残念ながらまだまだです
むしろ今現在が一番自分に迷い、もがいているときかもしれません

「職業としての小説家」読み終えました
感じたことがたくさんありすぎて… 小説と同様、何度も読み返すと思います
他にベートーベン、第九に関する本も読んでいたから、
次は久しぶりに小説を読みたい気分です♪

>きーちゃん2さん
あっ… そんなに、涙を流してくださったなんて(;_;)
小学生の頃は、このほかにも大好きだった兄の死、クラスでのいじめなど
いい思い出がひとつもないのです
転院した病院でも ちょっとイジられたというか
友達との間でめんどくさいことがあって
消灯後病院を脱走したことがあります 笑
1時間ほど歩いたところで親切なタクシーの運転手さんが拾ってくれて
警察に保護されました
それから、強くならなければいけないんだと思い
勉強も頑張って 少しずつ自分を武装していきました
そういう鎧って剥がれやすいんですね 本当の自分はとても弱い人間です
きーちゃん2さんの温かいお言葉に救われる思いです ありがとうございます!
by ミケシマ (2017-12-12 14:59) 

ミケシマ

>ニッキーさん
ニッキーさんはお父様とは突然のお別れでしたか…
ショックでしたでしょうね そのときのお気持ちを思うと胸が痛みます
わたしの父は最後の1か月くらいは痛み止めのために強い麻酔をしていて
眠ったままの状態でした
この麻酔をするかどうかはわたしが決めたんですが それは辛い決断でした
「死ぬのと一緒だ」って思って。
そして本当に心臓が止まったときは、もっと辛かったです
二度のお別れをしたような感じでした
突然のお別れもいろんな後悔があるでしょうし、死ぬか生きるかの期間があっても
後悔することはたくさんありますね
そうですね、父との思い出を語り 笑顔でいることが一番だとわたしも思います!

>ゆきちさん
居ずまいを正して… ありがとうございます!
ゆきちさんもいろいろあったんですね
外からは計り知れない お辛いことがたくさんあったことでしょう(;_;)
きっと自分の中で消化していくには簡単ではないことも…
いつか、お父様と心の中で語り合えるときが来るといいですね
無理をせず 自然にそうなることを、わたしも願っています☆

>のらんさん
本当に、家族への思いって複雑で
いくつになってもわからないこともあるし 難しいって思うこともいっぱい
でも根底に流れてるのはやっぱり愛だったりする…
のらんさんのお父様も13年でしたか
もしかしたら同じ時期に同じような思いをしていたかもしれませんね
わたしも大人になってから、たくさん父を悲しませてしまいました
これから自分が幸せになって 元気に生きていくことが
父への最大の恩返しになるのかなと思っています。
by ミケシマ (2017-12-12 15:25) 

ミケシマ

>yorikoさん
なんだかyorikoさんと似てますね 経緯が…
父がこの手紙を送ってきたのは、わたしが大学生で一人暮らししてたときでした
きっと手紙なんてあまり書いたことないのに、頑張って書いてくれたんだなぁって
胸が締め付けられました
うちは、離婚した後の父はとても寂しそうでした
自分が悪かったんだと自分を責めながら、でもどうしても変えようがなかった
そんな父を見ているのが辛かったです
yorikoさんのお父様も… ご自分を責めることがあったかもしれませんね
後悔をまったくしないってことはなかったんじゃないかな、、と、思います。

>ムサシママさん
ムママさんはまだまだお辛い時期ですね
思い出を思い出として受け入れていくまで、わたしも随分時間がかかりました
一段落したらしたで ボディブローのように悲しみがこみ上げてきますね
ムママさんがおっしゃるように、父は心の中で生きています
生きているって断言できる!
不思議と、父が亡くなった後の方が、父の思いがわかるような気がしています
父からの愛情を無駄にしないように 精一杯過ごしていきたいなと思います☆

>morichanさん
そうですね、親とはいえ たくさん失敗もしますよね
「あんなことされた!」「あんなこと言われた!」って怒るんじゃなくて
許すことも大事だなと思う今日この頃です…
それと、気持ちを話さなければわからない 通じないこともあると。
そうやって、いくつになっても親と子で一緒に成長していくのだな
と、感じる 今日この頃です^^
by ミケシマ (2017-12-12 15:53) 

tommy88

職業としての教師をしていました。
子育てと担任と全く同じスタンスで対応して生きてきました。
やり過ぎだと非難もされ、嫌う生徒も多く居たと思います。
それでも、多くの生徒に、わが子と同じような影響を与えました。
大きな影響だったと思います。
大事なことをシンプルに伝える。
世の中はギブ&テイクだと、これが大原則。
担任の初日の宣言は、今日からキミたちを好きになる努力をします。
実際その努力をするから、お別れの日には心が張り裂けるほど痛くなりました。本当に全員を大好きになってしまいますから。なぜそのような宣言をするのか。途中で、偶然に出会うからです。わが子にはそんな努力は必要ありません。でもヨソの子には、そう言う努力をしながら溝を短期間で埋めなきゃ、1対1にはなれませんからね。そしてやがて、彼らは私が本気だと、心底思い、信頼を寄せたのではないでしょうか。怖がる連中が多いのですが、こちらが彼らを、一つの個性ある人間として対等に扱うので、怖がっても逃げはしなかったと思います。優しげにするよりは、尊重をしました。居心地は良かったかも知れません。

先日、WOWOWで、「 奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ 」(2014) というフランス映画を見ました。とても良かったですよ。前述の、私の「尊重する姿勢」という大切な物が流れている映画だと思います。「あなたたちを誇りに思う」という言葉を本気で吐ける瞬間が教師には時々あって、それこそ教師冥利に尽きるものです。安直な言葉の応酬ではなく、教師が本気で子どもたちと向き合うという大前提が重要なのです。良い映画でしたから、他の方にも勧めてみようと、いま思いました。でも、ミケシマさんが最初。

by tommy88 (2017-12-13 10:57) 

ミケシマ

>tommy88さん
教師としての姿勢、素晴らしいですね
こういう先生と巡り合った生徒たちは幸せだっただろうなー
「尊重する姿勢」
とても大切なことですね
わたしは小学生を担当していますが、小さい子にも尊重する姿勢は大事だと思います
この前、職場でわたしが机を運んでいたんです
小柄なわたしが四苦八苦していると、話したこともない高校生の女の子が
「運びましょうか?」と声をかけてくれました
ショートカットの利発そうな顔立ち…
そんなふうに言ってくれる人はいなかったから(スタッフも含めて)
とても驚き感動しました
この職場に入るとき、「塾だから勉強を教えることも大事だけど、人としての教育もそれと同じくらい大切ですよ」と言われました
わたしはほとんどの生徒と週に1回か2回、1~2時間くらいしか接しませんが
思いやりのある、共感できる人になってほしいなと思っています
自分の子供も育てたことがないのでまだまだ難しいです…
壁にぶち当たりながらやっていくしかないですね

映画、興味深いですね
機会があったら探してみます!
WOWWOWには入ってないのでTVで観るのは難しいな(^ω^;
by ミケシマ (2017-12-17 23:36) 

momo

すみません・・・今頃読みました・・。
(TT)泣けました;;
私の両親はまだ健在ですが、数年前父が胃がんの手術しました。
今は経過も良く、普通に過ごせてます。
子供の頃、父とは合わなくてまともに会話した記憶があまりないです。
べったりと膝に乗ったりスキンシップした覚えもないです。
性格が似すぎていて、ぶつかってしまうのがわかるから、
それを避けるため話さなくなってしまった気がします。
ですが大人になってから、ある時思い切ってぶつかりました。やはりかなりの口論になりましたが、
それ以来、話しやすくなった気がします。
血のつながった親子といえど、わかるようなわからないような、
まして、父親となるとなかなか理解できないのは当たり前なのかもしれませんね。
ミケシマさんが後悔なさってる車の一件も、お父様はきっと許容範囲の
娘の我が儘と思っていらっしゃるような気がします。
by momo (2018-01-01 16:09) 

ミケシマ

>momoさん
いえいえそんな、いつでもお好きなときに読んでくださいな♪
家族でも合う 合わない はありますよね
momoさんとお父様のご関係、まさに最近のわたしと母との関係かも…
父のことはもちろん、母のことも大好きでしたが二人に甘えた記憶がありません
うちの母は思ったことがわりとすぐ口に出てしまうタイプで
繊細な(笑)わたしはよく傷ついてました
最近、思い切ってずーーーっと溜まっていたモヤモヤを話しました
長々と、メールで 汗
母を傷つけてしまうかなと思って言えなかったんだけど、母は受け止めてくれて
謝ってくれて。
話してよかったなと思いました
わたしも父と性格が似ていてよくぶつかったけど、逆に父の気持ちはよくわかっていたような気がします
自分も家族も ひとりひとり違う、一個人ですもんね
尊重しあう姿勢が大切なんですね☆
by ミケシマ (2018-01-02 16:04) 

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