So-net無料ブログ作成

クリスマス、ということで… [料理]

昨夜はクリスマスイブだったんで、ちょっと贅沢な夕食にしてみました

最近料理する気が全然なくて!!

毎日スーパーの総菜…

中でも、隣のスーパーで売ってるお寿司が美味しくて、3日連続でそれだったことも(^ω^;

24日はお取り寄せした美味しいものをいただきました☆

サラミ.jpg

上はカチャトーレサラミ。

下がクラテッロサラミ。

どちらもイタリア レボーニ社製[ぴかぴか(新しい)]

ブッラータパッケ.jpg

そしてこれがモッツァレラ・ブッラータ トリュフ入り!!

ブッラータは、イタリア南部で作られているチーズで、

水牛のチーズの中にクリームと刻んだモッツァレラを入れて包んだもの。

作りたてをいただくもので、本来はイタリアの現地で食べたいところ…

まっ、イタリアにはいつ行けるかわからないので買ってみました!

ドイツの甘い系白ワインでかんぱーい[るんるん]

ドイツ白.jpg

このワイン、ある経緯がありまして(^ω^; 6本まとめ買いしてしまったもの。

甘めなので飲む機会が少なく、持て余し気味…

ブッラータと合わせてみます

ブッラータ.jpg

かわいいー[黒ハート] 肉まんみたい[黒ハート]

そして…オープン!!

ブッラータなかみ.jpg

なんだか見た目は雪見だいふくみたい!!

初めて食べるブッラータはとても濃厚です

普通のが入手できなくてトリュフ入りになっちゃった

トリュフの香りがすごい! 

そして甘めの白ワインに合います 塩を少し振ったほうが美味しかったです

オシャレシマ.jpg

オシャレシマ。

ワインに巻いてあったクッション材をかぶってみました

めっちゃ嫌がってた… 

さてそろそろメインでも。

ハムサラミ.jpg

プロシュートとカチャトーレサラミ、オリーブの盛り合わせ[ぴかぴか(新しい)]

卒倒しそうなくらいうまい。

赤ワイン飲まなくちゃ

ショオさん.jpg

大好きなワイナリー、ドメーヌ・ショオのワイン。

だし感のあるスイスイ飲めちゃう赤です~[揺れるハート]

さて、今年のお肉なんですが…

何せ料理したくないもんで、生ハムとサラミという切って出すだけのメニュー

生ハムは切り落としなんだけど本物の味!! かみしめるほどにお肉の旨みが

そして驚いたのはサラミ!!

しょっぱくなくて、脂身の甘さと熟成したお肉の旨み…

こりゃうまい。 

まるで生ハムを食べているような感じ!(実際にプロシュートを食べといてなんですが…)

そしてつまみ食いした夫が食べて感動していたのがオリーブ

瓶詰や缶詰の臭みがなくて、とってもフレッシュなんです!

おかわりしていっぱい食べてしまった

フェルミエ.jpg

別の赤も開けてみた

今年もお世話になっているMさんからいただいたフェルミエのカベルネ

う…うまいっす[ぴかぴか(新しい)]

一口ちょうだい.jpg

一口ちょうだいとやってきたミケ

猫たちにも大好きなクリスピーキッスをあげましたよ[揺れるハート]

おすまシマ.jpg

キリッ。リリシマ…今夜はおすまししてるオスマシマって感じかな

このオスマシマ、先日糖尿病の定期受診に行ってきました

なんと…今まで300を切るのがやっとだった血糖値が、なんと165mg/dL[ぴかぴか(新しい)]

200を切ったのは病気になってからは初めてです!

どうりで最近調子良さそうだと思った

そして嬉しい発見がもうひとつ。

今までかかとをつけて歩いていたシマが、ちょっとだけどつま先で歩けるようになったんです

これもひとえに皆様の応援のおかげです

本当にありがとうございます

「みにゃさま、ありがとうございますなのニャ!

おかげで今までのようにミケをいじめることもできるようになったニャ!

これからも注射がんばるニャ みニャさまもよい年末をお過ごしくださなのニャ[黒ハート]」シマより。

nice!(58)  コメント(36) 

年末のイベントとして [音楽]

今日、(あっ…もう“昨日″になってしまった)

『シラー作、頌歌「歓喜に寄す」を終末楽章にした、大管弦楽、四声の独唱、四声の合唱のために作曲され、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム三世陛下に最も深甚な畏敬をもって、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンによって奉呈された交響曲、作品125』

を聴いてきました

恥ずかしながらわたくし、今までクラシックというものをまともに聴いたことがなく…

オーケストラのコンサートは何度か行ったことがありますが

本当にただ「行った」だけでした


それがなぜか、今年の秋ごろ突然クラシックを聴きたい!という欲求が高まり

手始めに誰もが知っている第九を聴きに行こう!とチケットを買いました

dai9-2017.jpg

第九の本を図書館から借りてきてにわか学習をし、You Tubeで第九ほかクラシックを聴く日々…

恥ずかしながら、この交響曲が4つの楽章で構成されていることも知りませんでした 汗


いよいよ今日、初めて「本気」で聴くオーケストラ。

「市民のためのファンファーレ」の迫力ある演奏から始まり

バッハの「アリア」…

バイオリンの音色が素晴らしく、まるで音の海に漂っているかのような感覚でした(本当に!)

そしていよいよ…「第九」の始まりです

演奏する方たちはもちろん、我々観客も真剣に音楽と向き合う時間です

第一楽章の始まりは、散々You Tubeで聴いていたので「本物だー!」という感慨が大きく

涙が出そうになりました(これも本当!)

そして迫力あるティンパニから始まる第二楽章。

もう楽しくてしょうがないっていう感じですね

音の重なりもやはり生で聴くと全然違って、息つく暇もない!

ベートーヴェンはこんなに素晴らしい完成形を、実際に聴くことができなかったと思うと切ないですね

少し間をおいて、第三楽章がスタートです

ひたすらただただ美しい… 桃源郷…

ゆったりと、こちらも波間を漂うような感覚です

さっきのスピード感とは一線を画しますね

さていよいよ第四楽章です

「不協和音」「恐怖のファンファーレ」とも言われている出だしから始まり

あの有名な旋律を探していくように曲が流れここからはクライマックス!

今回とれた席は一番前の端の方で、目の前にコントラバスがいました

とても難しい演奏にコントラバスの方々も全身で挑んでいました!

そして大合唱。

ものすごい迫力で鳥肌が立ちました!

ただただ感動です


初の真剣オーケストラ。ああ…これが音楽というものだ…と、偉大な作曲家に思いを馳せます

そして素晴らしい演奏を聴かせてくれた新潟交響楽団の方々にも最高の賛辞を。

「楽器」が主役、人はそれらの持つ魅力を最大限に引き出すパートナー…

そんなふうに思った初コンサートでした☆

******************************************************

シマさん糖尿病日記

一言でいうと、シマさん元気です

まだ踵をつけたままの歩き方ですが足取りがしっかりしてきました

いつもこのようなアホ面で寝ています

アホアホ.jpg

まだまだインスリンの量は多いですが…

薬が効いているのですね、発病当初よりずっと元気です[るんるん]

そしてミケさんもこの通り

むじゃき….jpg

やりたい放題です

足のっけ.jpg

やりたい放題…

nice!(55)  コメント(30) 

父のこと [家族]

もうすぐ父の命日です

2013年12月14日、癌を克服できず…数年の闘病ののち息を引き取りました

今日はちょっと父のことを書こうかなと思います



小さい頃は父のことが怖かった

しつけが厳しく口数が少なく好きなTV番組もあまりみせてもらえなかった

10歳でわたしが病気になり 自宅から車で1時間ほどかかる病院へ入院した

なかなか病名がわからず 適切な治療ができず 両親が交代で付き添いに来てくれた

父が付き添ってくれていたとき

毎晩熱が出て体じゅうが痛くなるわたしの腕を、

あの父が心配そうに「大丈夫か」と言いながらずっとさすっていてくれた

なんとなく遠い存在に感じていた父を とても近くに感じた


そこからさらに遠い病院に転院し(その病院には養護学校が併設されていたので)

4年と少しをそこで過ごした

お花.jpg

病院での生活は、友達もいてそれなりに楽しかったけど やっぱり家が恋しかった

盆や正月には長期外泊許可をもらい1週間ほど家に帰ると

病院に戻るのが嫌で嫌でしょうがなかった

「退院」はわたしの悲願となった

そして中学卒業と同時に退院 夢にまでみた自宅での家族との生活

だけどもう家庭は崩壊しつつあった

両親が離婚寸前だったのだ

あんなに夢見た家族との生活だったけど、高校時代は家に帰るのが嫌だった

いちど父に泣きながら言ったことがある 「そんなに嫌なら離婚しちゃえばいいじゃん!!」

父は悲しそうな顔でわたしの名前を呟いた


わたしが大学に進学したと同時に両親は離婚した

もう18だったけど、やっぱり悲しかった

両親が離婚した後も わたしは何度か父とぶつかった

なんのことで揉めたのか忘れたけど父からの手紙がある

「またお前を悲しませてしまったな 悪いお父さんです ごめんな」という内容の短い手紙

灯籠.jpg

後悔してることがひとつだけある

父が癌になり抗がん剤投与の治療をしていた頃

抗がん剤を投与するのに2週間とか3週間とか、入院してた

わたしは実家に帰っていて そのまま新潟市の自宅に戻ろうという日

父が私の車で病院まで送ってほしいと言った

だけど「やっぱり送らなくていい」となり 

わたしが実家を出る直前にまた「やっぱり送ってくれ」となった

わたしはイライラしてしまって、乱暴な運転で父を病院まで送った

このことだけは心の底から後悔している

どうしてもっと優しくしてあげられなかったのか…



いろいろあったけど両親は行き来だけはするようになり

病気になった父を最後まで支えたのは母だった

桜のじゅうたん.jpg

上の写真は2012年5月 父、母、夫、わたし 4人でお花見に行った

お弁当持って 桜は全部散ってた

父は闘病中だったのに 山に分け入っていなくなりわたしたちを慌てさせた


父、母、わたしの3人で温泉に行ったこともある

これが最後のお出かけ

父が男湯から出てこなくて 母と二人心配で心配で、男湯から出てくるおじさんに

「中で具合悪くなってる人いませんでした?」なんて聞いたりした

何のことはない 

父はお風呂から出た後、足つぼマッサージをしていたらしい…(あの、足で踏むやつ)

その日の父はとても嬉しそうで 大好きなお酒をけっこう飲んだ


父の最後のメール

2013年8月6日

暑くなりました。体調はどうですか

他でもないですがミシンいくらやっても分かりません

お母さんも忘れてしまって問題になりません

こんど来たら教えてください お盆待ってます。(Vサイン)

 

この1週間後のお盆には、東京から父の兄妹、わたしの従妹たち、母、弟 みんな集まって

ワイワイ過ごした 夜は花火もした

線香花火.jpg

父はみんなが花火をしてるのを少し離れて眺めていた 嬉しそうに。

最後に、一緒に線香花火だけした 「お父さん、これが一番好きだな」って言ってた


それから4か月後、父は旅立った


最近、ものすごく父に会いたくなることがある

もっともっと話をすればよかったと思う

メールを送ってみた 当然、宛先不明で戻ってきた

タグ:父の命日
nice!(60)  コメント(38)